鎌倉殿の13人の第12回は亀の前事件を取り扱います。
北条政子が源頼朝の愛人の亀の前の居所を義理の兄の牧宗親に打ち壊しを命じた事件ですが、その処理を巡って、北条一族、鎌倉幕府にとって大騒動となります。
事件の背景と結末を解説します。
亀の前事件の概略は
歴史上の亀の前は頼朝が伊豆国にいるときから仕えていたようです。容貌も麗しく気立てもおっとりとしていたといわれています。
頼朝が北条政子と知り合うより前ですから、容姿は別として性格的にはかなり違っていたことでしょう。
政子と結婚してからも、亀の前を別宅に住まわせて、時々は通っていたようです。
その後政子が頼家を出産する寿永元年(1182年)の8月頃には、政子は出産のため別のところに他でしょうから、かなり頻繁に通っていたと推測されます。
よく奥さんの出産のときに浮気する夫がいますが、それに近い状態でしょう。しかし、当時は一夫多妻ですから、ある程度は許されていたのです。
北条政子は父親の後妻である牧の方からそのことを聞かされて激怒します。牧の方の兄である牧宗親に命じて、後妻打ち(うわなりうち)を行い、伏見広綱の邸宅を打ち壊したのです。広綱も亀の前も難を逃れて無事でしたが、その後に問題を残すわけです。
来週の次回予告見てたら亀の前の救出?に出て来てて義村くんなんなん?!?となった #鎌倉殿の13人 pic.twitter.com/W0RbXlGT2V
— ちゅり (@churyy_25) March 21, 2022
北条政子が亀の前の居宅を襲わせた理由
源頼朝は北条政子とのトラブルを避けるために亀の前を家来の中原光家や伏見広綱の邸に匿っていたのです。
特に伏見広綱は遠江国の豪族で、朝廷の事情に通じてもいました。そのことから、亀の前は正体不明ですから、ひょっとしたら高貴な身分かもしれない恐れがあったのです。
当時の習慣として、正室から生まれるのが嫡男になるのですが、正室と言っても、それよりも高貴な身分の女性を娶れば、正室の地位も脅かされます。ましてや子供ができたときに嫡男になれるかどうかも分からなくなるのです。
北条氏は伊豆の地方の弱小豪族です。もしも亀の前が高貴な身分であれば自分にとって替わられてしまうのです。
後妻打ち(うわなりうち)はその当時も習慣はありましたが、自分に替わられる恐れがある場合で、単なる妾の場合はそんなことをする必要がなかったはずです。
ということは、誤解かもしれませんが、亀の前はそれなりの出自だった可能性もあります。
史実はこんなところですが、ドラマでは亀の前は安房国の漁師の妻です。しかも、台所を仕切っていましたから、身分については何の心配もなかったはずです。この理由付けをどうするかが、ドラマの脚本家の腕の振るいどころになるでしょう。
もっと根の深い事件後の騒動
源頼朝はこの事を知って驚き、伏見広綱から事情を聴いたうえで、11月に北条時政の後妻である牧の方の兄牧宗親を呼び出して叱責します。
どうしても許すことができず、牧宗親の髻を斬ってしまいます。高々髪の毛を切っただけと言わないでください。この事は当時の上流人にとっては最大の恥辱を与えたことになるのです。
北条時政の反発
この事に憤慨したのは、北条時政です。妻である牧の方からも相当の抗議があったことでしょう。北条時政にしてみれば源頼朝は婿ですからね。
北条時政は相当立腹したようです。一族を率いて鎌倉から伊豆に引き込んでしまいます。
この事はどのように考えるべきでしょうか。頼朝としてもどうしてこのような過激な行動に出ることになるのか理解に苦しみますが、頼朝は牧の方の時政に対する出しゃばりが気にくわなかったのではないでしょうか。
そんなこともあり政子の言いつけは言いつけとして、牧の方の兄弟を懲らしめたいと考えたのではと推測します。
しかし、頼朝の目算違いは北条時政が頼朝の行為に反発して伊豆に引き上げてしまったことでしょう。
北条一族の存在はだんだん重要度が下がってきているものの、さすがに自分の舅ですから、下手をすれば鎌倉幕府の分裂にも発展しかねません。
頼朝としても困ったことと思います。そんな事態を救ったのが、北条義時だったのです。彼は、鎌倉に留まり中立を守ります。この事が義時のバランス感覚が発揮された事件と考えられます。やがて、時政も戻ってくることになります。
最期に割を食ったのは伏見広綱
源頼朝の言いつけによって亀の前を匿っていた伏見広綱は家を壊される被害に遭ったのですが、それでも北条政子の怒りは収まらず、12月には遠江に流罪となってしまいます。
いくら上司の命令とはいえ、とんだことになったものです。それでもその後は何とか生き延びたようです。しばらくほとぼりを覚ます意味もあったことでしょう。
亀の前事件のまとめ
寿永元年8月に鎌倉幕府で起こった亀の前事件について調べてみました。源頼朝の愛人問題と言えばそれまでですが、なかなか大変な問題なのです。
北条家にとっては自分の地位が危うくなるのですから、単に妾の問題ではすまないことになるのです。それほど正室と嫡子は大切な問題なのです。
亀の前については、その後の消息は分かりませんが、逃げ込んだ三浦一族から館をもらって住んでいたとも言われています。当然、頼朝のバックアップがあったことでしょう。
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