鎌倉殿の13人・第9回ネタバレ・大庭景親、伊東祐親と八重姫は

鎌倉殿の13人

源頼朝は総勢3万とも言われる軍勢を引き連れて、源氏にゆかりの土地である鎌倉に居を定めます。その後も坂東の豪族たちは次々と頼朝に帰順します。

もはや相模の豪族大庭景親も伊豆の伊東祐親も手が出せなくなります。そして彼らの運命はどのようになるのでしょうか。

大庭景親、伊東祐親、伊東祐清のその後の運命は

完全に東の方を頼朝に制圧されてしまった大庭、伊東の両氏は西に逃げて平家の軍勢と合流するしかなかったのですが、さてどのようにしたのでしょうか。

大庭景親のその後

大庭景親はもはや頼朝軍に対決することは不可能な状況になっていました。大庭景親の勢力は精々3,000騎です。実際は頼朝軍の大勢力に何割かは帰属した者もいるでしょう。

有名なのは梶原景時です。この際にすっかり見切りをつけて袂を分かっていますから。

それでも一縷の望みはありました。平家が頼朝追討軍を率いて駿河に到着するわけですが、5万と言われている平家の勢力に加われば、可能性はあるのです。

10月18日に1,000騎を連れて箱根を超えようとしますが、既に頼朝の大軍が越えてしまい、進路をふさがれることになるのです。

このため、景親の軍勢は現在で言えば足柄郡山北町の河村山に戻ることになるのです。

景親が期待していた、富士川の戦いも10月20日と言われています。平家の追討軍は当初は5万とも言われていましたが、実際は4千、一部には2千とも言われている有様でした。

原因としては養和の大飢饉で兵が集まらなかったことと、脱落者が相次いだことによるものです。しかも平家はあっという間に戦うこともなく退却してしまうのです。

大庭景親にしてみれば、いよいよ最後のチャンスもなくなったわけです。平家の軍勢が当初の勢いがあり頼朝軍に打ち勝てば、その背後を襲い、平家の本体に合流することもできたでしょうに。

かくして、景親は10月23日に頼朝軍に降伏します。大庭景親は26日に藤沢市片瀬の境川で処刑されてしまいます。

伊東祐親のその後

伊東祐親も規模は小さいものの同じような立場であったことでしょう。祐親の勢力は300騎ですから、もう逃れるしか方法はなかったことです。

伊東祐親、祐清父子も10月19日は頼朝側に捕らえられてしまいます。

伊東祐親はドラマの中でも有名ですが、北条時政、三浦義澄の舅の立場になります。また、北条泰時の祖父という立場です。

また、伊東祐清は源頼朝が八重姫との問題を起こしたときに、伊東祐親が頼朝の殺害を指示した際に、それを知らせて頼朝の命を救った恩人となります。そんなことですから、各方面から除名嘆願が届いたこととでしょう。

一旦は助命が功を奏することになります。しかしながら、困ったことに、伊東祐親は助命に対して潔しとしない姿勢を取ることになるのです。

確かに、それまで平家一筋で、一時は頼朝の殺害まで計画しているのですから、今更、頼朝軍に下るわけにはいかないでしょう。結局は自害することになるのです。

伊東祐清のその後

伊東祐清は頼朝にとっても命の恩人ですし、北条泰時に対しても何かと関係があるので本来は助けられるのですが、親が敵では面目が立たないと、平家の本隊に加わって、北陸で戦死したと言われています。

伊東祐親、祐清父子はそういう意味では、筋を通す立派な人であったかと思います。

大庭景親、伊東祐親の敗因は何処にあったか

第一に平家の追討軍の出発が遅すぎたことになります。平清盛が追討軍の派遣を決めたのが9月5日ですが、実際に京を出発したのが29日です。

この間に頼朝は3万弱の勢力を確保し武蔵国に入ることができているのです。しかも平家の軍勢は5万とも言われていましたが、実態はその10分の1ですから、平家も落ち目ということでしょう。

第二に大庭景親も動きが悪かったことと思います。頼朝が10月初めに鎌倉に入ったときには、3万から5万の軍勢を得ているのです。

そんな勢力に対抗することが無理なことはわかっているのなら、早く西に逃げられたのではと思います。

伊東祐親の娘の八重姫は

伊東祐親の娘の八重姫は頼朝との関係を引き裂かれ、祐親の部下の江間次郎のもとに嫁がされていました。

ドラマの中では、いよいよ頼朝軍の前に伊東一族が危機に瀕した時、伊東祐親が娘の八重が頼朝になびくのを阻止するために、夫の江間次郎に殺害を命じたような予告が出ています。

八重姫については史実があいまいなため、自由に創作できるのですが、この想定には異論があると思います。

当時の親子関係はかなり希薄ですので、後の、家制度がガチガチに決まった社会とは違うのではないでしょうか。ましてや、自分の大義、信念のために娘を殺害するということはあり得ないと思います。

どうやらそんな展開になりそうなのですが、果たして夫の江間次郎は妻の八重を殺すことができるでしょうか。私はできないと思います。多分、祐親の命令であの刺客「善児」が登場するのではないでしょうか

私の推測は、善児の魔の手から江間次郎は八重を救うために差し違えるのではと思っています。そして北条義時のはからいで、今日の公家に預けられるという筋書きを描いております。

大庭景親、伊東祐親と八重姫はのまとめ

「鎌倉殿の13人」の前半の見どころである富士川の戦いが近づいてきました。そして、このドラマの冒頭の有力者、大庭景親、伊東祐親の退場も近づいてきています。

頼朝軍の勢力拡大も急でしたので、大庭、伊東の両氏が見誤ったと言えばそうなのですが、10月6日に鎌倉に頼朝が入った段階で、坂東の趨勢は決まってきたのです。

そんなことから、10月6日以降の両氏の行動が悔やまれるところでしょう。

それでも富士川に集結した平家の勢力が当初の名目の10分の1以下になった段階で勝負はあったと言えるのですが。

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